マイケル・マンリング『Soliloquy』リリース時のインタビュー(和訳) ※再掲載

2018年6月5日

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2016年の10月14日~16日にかけて、Windham Hillを代表するベーシストであり、世界にその名を馳せるスーパー・ベーシスト(ご本人曰く「Crazy Bassist!」)でもあるMichael Manringさん来日公演をされます。

今回はそのことを記念して、彼へのインタビュー記事『Michael Manring - Solo voyage』を空日和が和訳したものを、掲載元のサイト運営者であるAnil Prasad様から許可をいただけたので掲載します。
以前の掲載に続き、今回も掲載を快諾してくださったAnil Prasad様には大変感謝しております。

なお、相変わらずの私の拙劣な英語力と日本語力による和訳のため、何か不備にお気づきになった際はお教えいただけると嬉しいです。

今現在の彼のソロ名義での最新アルバムであり、彼が当時まで抱いていた「ベースだけでレコーディングを完結させる!」という夢を達成させた渾身のアルバム『Soliloquy』の完成に際して行われたインタビューです。ファンに向けてのメッセージはもちろん、ベース奏者にとっての金言も満載。非常に興味深い内容です。

Michael Manring
Solo voyage
by Anil Prasad
和訳 空日和 2016年10月11日

What were the key considerations you kept in mind when conceiving Soliloquy?
「Soliloquy」を構想する上で、その鍵としてあなたが胸に秘めていた思惑は何でしたか?

10歳の頃にさかのぼりますが、自室で独りでベースを弾きながら、「ああ、ソロベースで完結したレコーディングは最高に格好良いだろう」と考えていました。ところが当時、それは馬鹿げたアイデアとされ、そんなものは誰も買わないと人々は言いました。ベースには果たせないと彼らは言いました。しかしながら、私が何時間も退屈せず聴けるほどに、ベースの音は壮大かつ豊潤なものだと、私はいつも感じていました。それは非常に自在に感情を左右させる可能性を秘めています。しかし、私がそのように感じていようと、なぜ他の人間がソロベースのアルバムに興味をもたないのかを、私は確かに考える必要がありました。考え抜いた末、ベースの音が非常に単調だからだという結論に私は達しました。そういうわけで、多くのバラエティを私の音にもたせることが、いつも私の目標となりました。この楽器における私が受ける印象は、豊かな音とそれを可能にする多様な音色です。それは、このレコーディングにおいて私が探究しリスナーに捧げたものです。手先や技術の見地からしても、また電子的にその音色を変えることによっても、この楽器は様々な異なったことができるということを私は人々に知ってほしかったのです。そういうわけで、このアルバムのそれぞれの曲にはそれぞれの小さな音世界があります。

Describe some of the approaches you explored on the record.
あなたがレコーディングで探究したアプローチを述べてください。

私はこのレコーディングに5つの異なるベースを使い、それらは互いに著しく異なります。それらは全てまったく異なるピックアップを使っていて、またそれらは違う種類の木から作られています。それらの大半は、根本的に異なるセッティングを施しています。Hyperbassにはピッコロ弦を使用しています。1本のベースはアコースティック仕様です。そして、私が普通とは異なる2つの5つのセットのインターバルに合わせた10弦ベースがあります。私はたくさんの異なる方法でベースを演奏してもいます。例えば、『When We Were Asleep in the Earth』においては、私は実際に弦を弾いていません。むしろ、私はHyperbassのボディを私の指で叩くことによって演奏し、そのドラム奏法による共鳴で弦を振動させました。『Selene』はサンフランシスコでのコンサートで録音しました。『Makes Perfect Sense to Me』は、私がBoss VF-1 multi-effects processorで作成したハーモナイザーのエフェクトのプログラムが基盤になっています。加えて、私は全ての曲の録音を、オーバーダビングや編集処理なしの生演奏で行いました。私は、今日私たちが聞く、死ぬほどに編集された非常にたくさんの音楽と対を成す、リアルと地続きのパフォーマンスをこのアルバムのウリにしたかったのです。

Tell me about your compositional process.
あなたの作曲の変遷を教えてください。

私の最も初期の記憶は、私の脳内での音楽の構成です。ほとんどメロディを作らずに、ラジオで音楽を聴いて、それを私の心の中で変形させていたことを私は思い出せます。そのため、私にとっての作曲とは、私自身が誰かということに非常に深く関わる分野です。私は、私の人生における日常的な側面を作曲に取り入れようとします。私は普段、採譜によって物事を書き留めるための十分な時間を持ち合わせていません。大半のアイデアは、私の小さなZoom PS-02 palmtop recorderに私の練習中に収められます。また、長時間のフライト中に、テーマについて構想し、私の脳内で構成することに私は多くの時間を費やします。私はかなりの量の、私が書き留めたいくつかの音符と私がどのように異なった方法でアイデアを構成できるかについて考えたことを殴り書きしたメモを作成したりもします。「Soliloquy」の何曲かは作曲するのがとても難しかったです。いくつかをまとめ上げ、引き離し、その音が本当に合うのか判断するためにそれぞれを観察して、そしてその曲を再び結合しなおすことに、私は数カ月を費やしました。私はその過程でテープというテープを使い果たしました。アルバムの他の曲はまったくと言えるほどにほとんど作曲をしていません。それらはもっと「こんな感じで私は録音したいな」といった具合で、私はそれらを練習せずに決行して録音しました。

What attracts you to unconventional instruments such as the Zon Hyperbass and 10-String Bass?
何があなたを、Zon Hyperbassや10弦ベースのような、型破りな楽器に魅了させるのですか?

ベースギターの領域は大きく開けています。もしあなたがピアノを演奏するなら、あなたはその長くてとても素晴らしい歴史にいくらかの影響を受けます。しかし、その原則はベースギターには通用しません。その選択域はもっともっと広大です。その楽器はLeo Fenderによって1951年に発明されたので、それは本当に現代世界の楽器なのです。それらのZonの製品が示すように、それはまだ進化し続けています。それらの選択肢をもつことは、これらの非凡で先例の無い時代を生きていることについてのアイデアと感情を表現する機会を私に与えてくれます。文明への驚くべき挑戦に向かっている非常に危険な時代に、私たちは生きているということでもあるのです。アーティストの一人として、音楽的手法でそれらの課題を扱うというユニークな生き方に努める義務が私にはあると私は感じています。

Where does your fascination with altered tunings stem from?
あなたにとっての変則チューニングの魅力はどこから生じるのですか?

それは、その楽器の表現の幅を広げたいという欲求に由来します。あなたが弦のチューニングを変えるとき、あなたはそのテンションも変えていることになります。あなたはそれが振動する方法と、それが異なる何かを単独で示す方法を変えます。もしあなたが弦をとても緩くチューニングすると、それはダラダラとした音になります。もしあなたが弦を固く締めると、そのピッチはシャープになり、そしてそれは少しフラットし、そしてそれは中央のピッチで安定します。その音は人々の感情的な共鳴を含んでいます。彼らはそれがルーズで、ファンキーで、太くて、そしてワイルドなものとして認識します。もしあなたが弦をとてもきつくチューニングしたら、あなたは通常よりもより多くの倍音を聞く傾向にあります。人々はそれをより正確で構成的なものとして聴く傾向にあります。そういうわけで、弦の緊縮を変えることは、異なる感情的な可能性の全体域を拡大します。もしあなたが異なる緊縮の弦を一緒に混ぜ合わせたら、あなたはいつ何時でも、よりいっそう大きな感情の選択肢の中から表現をすることができるでしょう。大半のベーシストが彼らのベースのチューニングを変えないことに、毎日のように私は驚きます。

What are some recommendations you have for bassists seeking to develop a unique voice?
ベーシストたちがユニークな音の開発を追求する上で、あなたがいくらか提言することはありますか?

肝心なのは、偏見のない心を持って、何事にも不可能や不適当を決めつけないことです。それらがどんなに馬鹿げていると見なされようと、もしあなたが考えればいくらかの面白い可能性が現れるかもしれないのだから、あなたは事を試すべきです。あなたはよりいっそう真剣に注意深く聴き、あなたが演奏するそれぞれについて、それが何を示し、そこに内包される可能性は何かを考えるべきです。そして、もしあなたに異様な新しいアイデアがあったら、それを無理やりに人々に強いないでください。そのアイデアが本当に適合し、それから選択肢としてのそれを受け入れてくれる場所を探すことが重要です。もしあなたがセッションをしていて、上手くいくかもしれないとあなたが思うアイデアがあっても、それをあなたがするべきことであると強調しないでください。その代わりに、あなたは「2、3の異なる可能性がここにあります。より陳腐なこの方法があると同時に、この本当に奇怪で面白いアイデアがあります。私はそれらの両方をあなたのために演奏しますから、どちらのほうがあなたは好きかあなたが決めてください」と言うことを考慮するべきでしょう。

You’ve been outspoken about getting the music industry to take the bass guitar more seriously throughout your career. What’s your take on the state of the bass today?
あなたの経歴を通して、音楽業界がベースギターをより本気で扱うようになることについてあなたは率直でした。昨今のベース界隈についてあなたはどう思っていますか?

ベースは興味深い立場に置かれています。ベースがポップミュージックにとってとても重要になったことが諸刃の剣だということは事実です。ポップミュージックはとても短命で、廃れかけた構造を象徴しています。それは、ベースもまた廃れていくであろうということを意味しているのでしょうか? そうではないと私は望みます。私が危惧しているのは、ベースが今世紀のサックバットに簡単になり得るということです。サックバットは17世紀にはひどく人気のあった楽器ですが、しかし、今や誰もそれを演奏しません。私は潮流が現在において健全に正しいと思いますが、しかし私達は、ベースが本当に発展するのか完全に姿を消すのかの一方になり得る岐路に立っています。その成り行きは、人々がその楽器を聴くことと演奏することに専念する度合いに完全に依存します。私にとって、その楽器の長命の一つのカギは、私がどんな音楽的な関わり方で現役であろうと、積極的な態度をとることです。私が常に自分自身にする質問は、「私が現役でいる間に秘めている、心に描いたより大きな世界である音楽に、私はどのように携われるだろうか?」です。