ウィリアム・アッカーマンの代表曲解説(楽譜集と『Returning』より)

2018年7月12日

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以前拙サイトでも取り上げたように、Windham Hillの創設者である稀代のギタリスト・William Ackermanさんが現在、国内2カ所をめぐる来日ツアー中です。今回はそれを記念して、数ある彼の楽曲のなかでもとりわけ有名なナンバーや、彼のライブでの定番演奏曲をご紹介します。

グラミー賞受賞アルバムであり、彼の「ベスト盤」とも言える選曲の『Returning』と、彼の公式楽譜集『The Will Ackerman Collection』の収録曲を基準にセレクトしてみました。

彼の楽曲にこれから触れるリスナーの皆さんの何かしらの参考になると幸いです。
(また、ギタープレイヤーとして長年彼の演奏を研究してきた身として、簡単な演奏にまつわる解説も書いていきます)

Will Ackerman(ウィル・アッカーマン)の略歴


建築業の傍らに弾いていたギターの演奏がラジオ局の目にとまりヒット。友人ピアニスト・George Winston氏の活躍もあって、自ら立ち上げた音楽レーベルであるウィンダム・ヒル・レコード(Windham Hill Records)が急成長し、数々のニューエイジ系アコースティック音楽を世に広める。後に自身のソロアルバムでグラミー賞を受賞。レーベルを離れてからも、彼の音楽性に魅了されて訪れてくる多くのアーティストたちをプロデュースしている。

Bricklayer's Beautiful Daughter


彼の代表曲と聞いて、多くのファンが一番に思い浮かべるのがこの曲でしょう。後述の『The Impending Death Of The Virgin Spirit』と知名度では良い勝負ですが、過去に国内でシングル盤として販売されていたことや、彼自身もこの曲をとくに気に入っていることからも、彼を代表するナンバーということが表れています。
彼の音楽性のミニマルな指針の核とも言える曲で、後のナンバーに見られるような盟友(そして従兄弟)のAlex De Grassiさんからの影響以上に、彼のオリジナリティが光っているように思えます。
温かく牧歌的ですがどこか切なげです。彼自身「マイナー調の曲を弾くことが自分の特徴だ」と多少自虐的にインタビューで述べており、他の曲を聴くと確かにそうなのですが、この曲は一見マイナー調には聞こえません。しかし、サビでの少し悲しげな旋律は私たちリスナーの心にしっかりと刺さってきます。「優しさ」を感じられるからこそ、「悲しさ」も感じられる…… 彼が信奉するエリック・サティの音楽がどちらに感情を振れば良いのかわからない無機質な音楽とも捉えられることがあるように、その感情の共存こそが彼の目指した境地であり、彼が気に入っている所以なのかもしれません。
随所のハンマリングとプリングが印象的ですが、彼のレパートリーでは珍しくそれらが高音弦側であまり使われていないところにも、彼の確立した初期のエッセンスのようなものが覗えます。

The Impending Death Of The Virgin Spirit


幼くして母を亡くした彼が、その母への想いを綴った曲です。彼の曲としては長尺の部類に含まれ、後半に大きな展開があるわけでもなく、心に直に響くその純真なアルペジオが淡々と紡がれていきます。曲構成にサティの影響などを見出すこともできそうですが、それ以上に彼の悲しみの”声”をそのまま表現しているのだと感じるリスナーは私だけではないはずです。
彼の心の師でもあるRobbie Basho的な1弦と6弦を活用したアプローチ、儚く美しい旋律…… 彼の持ち味が非常に良く表れている一曲です。

Anne's Song


彼が前妻に贈った曲です。後年の彼の演奏曲は「静」と「動」で言えば「静」が多い印象ですが、こちらの一曲はまさに「動」。彼の情熱的な想いが注がれています。と言うよりも、「動」的な曲が多い初期を含めても、ここまで情熱的な彼の曲は他に無いのではないでしょうか。
彼の曲はこの曲と後述の『Hawk Circle』のワンペアを除いて同じチューニングの曲は無いと言われるほどで(実はあります! 彼の公式サイトで過去のアルバムの曲のチューニングが公開されています)、いずれも独創的なチューニングですが、この曲のチューニングはとくに"過激"です。弦が切れることに恐れをなさずに、無心にチューニングを探った彼の様子が浮かんできます……

Processional


もともとはロミオとジュリエットの演劇のために書かれた(インスパイアされた)曲です。
ミニマルな側面と併せて彼の音楽を語る上で欠かせないのが、アンビエント的な指向です。彼の作曲法である、チューニングを先に開発してその響きから作曲するという方法も、まさにアンビエント・ミュージックに通じるものがあります。変則的なチューニングで開放弦を活かした演奏をするとなると、必然的にチューニングそれ自体がその曲で一貫する響きとなるからです(その最右翼が、Michael Hedgesさんの『Dream Beach』『Ursa Major』?)。また、彼は曲のダイナミクス(直訳すると「強弱」の意)を重視し、規律的なテンポは重視しません。レコーディングにおいてメトロノームは使用しないそうです。しかし、それはリズムを蔑ろにしているわけではなく、むしろ前述のダイナミクスと直結した、波の音や風の音のような、”揺れ”(音響心理学で言うところの”ゆらぎ”)を表現していることを指しています。
この曲にもそれは如実に表れていて、冒頭から登場する印象的なフレーズはまさにその体現です。このリリカルな表現の美しさは、彼の音楽が持ち合わせる素晴らしさの一つです。

Visiting


彼の代表曲と言うよりは、ウィンダム・ヒルを代表する一曲と言えるかもしれません。
リリコン奏者・Chuck Greenbergさんとの共演が有名で、終始伴奏に徹しているとも捉えられる演奏です。しかし、このシンプルなアルペジオこそが彼のギターインストとしての持ち味だと思っています。アルバム『Returning』には同曲のギターのみのバージョンが収録されていますし(ただし楽譜集の解説を読む限り、Chuck氏の逝去をきっかけにソロで演奏し始めたようです)、この曲と似た構成の『Conferring with the Moon』においてもソロでのライブパフォーマンスを披露しています。
自己主張が強くないのに心にいつまでも余韻を残す、従来のギターミュージックのかっちりとしたコード感とは対極を成す豊潤で透明感あふれる響き…… かなり強引に例えるなら、The PoliceのAndy Summersさんの分散和音の追及をギターインストに傾けたような…… 
同曲の奏法についてAlex De Grassiさんのピッキングパターンの影響を認めていますが、世界的ジャズギタリストのPat Metheny氏にも「唯一無二」と評されたという逸話があるように、世界観には彼の「純真な音色の追及」という独自の方向性が表れていると思います。

Hawk Circle


レーベルメイトのGeorge WinstonさんやMichael Hedgesさんとの共演にとどまらず、現在でもライブで数々のアーティストたちと共に演奏している一曲です。
前述の『Anne's Song』と同じく「動」に分類されるナンバーで、自然界の厳しさを表現したような威厳を携えています。ニューエイジ系の自然主義的なアーティストにはどうしても「自然=幸せ」というタイトル付けの曲が多いことが否めませんが、大工仕事に勤しみながら自身が建てた山荘で作曲に専念してきただけあって、「自然には恐れるべきところも多分にある」という事実を示す楽曲を作り上げられる点も、Ackermanさんのセンスの良さの一つであると私は思っています。

Last Day At The Beach


『Hawk Circle』と同じく、彼がライブで共演者と一緒に演奏する定番曲です。ソロ編成での演奏曲が並ぶ『Returning』ですが、そのなかで同曲と『Hawk Circle』のみセカンドギターが挿入されていることからも、掛け合いを重視したナンバーであることが覗えます。
山荘での生活を愛しているAckermanさんですが、彼の幸せは海と山を望むことなのだそうです。彼のたびたびの発言からも、海への愛が感じられます。同曲の美しさはまるで、返す波の静けさを切り取ったかのようです。

Unconditional


盟友・Michael Hedgesさんからプレゼントされたパーラーギター(通常よりも小ぶりなギター)で演奏されるナンバーです。その繊細な高音により尚のこと涙腺を刺激されますが、Hedgesさん亡き後は、Ackermanさん自身もHedgesさんのことを思い出し、同曲を演奏するたびに涙ぐんでしまうとインタビューで述べていました。
彼の描く悲しげなレパートリーとして、『The Impending Death Of The Virgin Spirit』や『Barbara's Song』とともに知られる名曲です。

In A Region Of Clouds


正直、この曲をここに列挙するか迷ったのですが、楽譜集にも『Returning』にも収録されているため、取り上げたいと思います。(そして何を隠そう、私は彼の曲のなかでもこの曲がとくに好きなので!)
彼自身も述べているのですが、あまり彼らしい一曲ではありません。そのため、彼の代表曲として同曲の名前が一番に載ることはまずないと思います。前述のような悲しさもなければ、厳しさもなく…… しかしそれでも、特有のダイナミクスを重視した間の取り方や前述のDe Grassiさんのピッキングパターンが採用されていたりと、彼のエッセンスが凝縮されている一曲です。
同曲が初めて収録されたアルバム『Imaginary Roads』では東洋的なアプローチが試みられていました。その東洋的なつかみどころのなさが、魅力として詰まっているように感じられます。タイトルのようにふわふわと空を飛ぶ、形としてとどまらない自然と調和した音楽…… アンビエント・ミュージックの大家でもあるJohn Cageさんが東洋思想に傾倒したように、 Ackermanさんもそういった音楽を追及していたのではないでしょうか。そしてそれは彼の根幹にマッチしていたのでしょう。彼が自然に求める「癒し」が表現された、素晴らしい曲だと思います。まさに、Windham Hillのキャッチコピーである「風景が音になり音が風になる」で言い表せる一曲です。

参考記事・サイト様